電力を1/100にする“脳を超えるAI”へ──材料×デバイス×国際連携で挑む木村睦研究室の最前線【革新的材料・プロセス研究センター】
2026.02.19
龍谷大学 革新的材料・プロセス研究センターでは、持続可能な社会形成に寄与する「ひと・もの・環境の調和」に立脚した材料研究を展開し、無機材料や有機材料、電子材料、バイオマテリアルなど様々な技術分野の研究者が横断的な研究を行っています。
今回は、AIの電力問題に新機軸で取り組む木村睦教授(本学先端理工学部 電子情報通信課程/当センター兼任研究員)の研究の最前線を紹介します。
AIやビッグデータが社会を便利にする一方で、その裏側では莫大な電力消費が問題となっている。カーボンニュートラルの実現とデジタル化の加速——この2つを両立させる鍵はどこにあるのか。
龍谷大学先端理工学部・木村睦研究室が挑むのは、消費電力を100分の1に抑える「脳を超えるAI」の実現だ。Society 5.0以降の未来社会を見据えた革新的な技術創出と、次世代を担う研究人材の育成を目的としたJST「CRONOS」※1にも採択されたこの研究課題の実現は、「5年〜7年が一つの目安となるだろう」と語る木村睦教授。そう遠くない将来、「脳を超えるAI」が実装された社会では、研究者とAIは共存共栄の関係を築けるのだろうか。
日本の優れた材料・製造技術と国際性を武器に、エレクトロニクスの未来を切り拓く挑戦に迫る。

※1 JST「CRONOS」:
国立研究開発法人 科学技術振興機構(略称JST)が実施する「戦略的創造研究推進事業 情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)」。木村睦教授の研究課題「材料・デバイス・システム協調研究の超脳システム」が2024年度に採択された。
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「高速な電卓」から脱却するAIへ──ニューロモルフィックという発想
木村睦研究室が取り組む「超脳ニューロモルフィックシステム」は、人間の脳の神経構造を模した次世代コンピューティング技術だ。
現在主流のAIは、脳の仕組みをソフトウェア上で模倣しているにすぎず、ハードウェア自体は従来型コンピュータ、いわば「高速な電卓」の延長線上にある。そのため、大規模な処理を行えば行うほど、電力消費は爆発的に増大する。
「人間の脳は、必要な時に必要な部分だけが働く、極めて省エネな仕組みを持っています。一方で、半導体は非常に高速ですがエネルギーを使います。この両者の利点を組み合わせることで、脳を超える性能を省エネルギーで実現できると考えています」(木村教授)
ハードウェアの段階から脳型構造を組み込むことで、速度と省電力性を同時に満たすAIを実現する──それが木村睦研究室の挑戦だ。

20年以上前からあった「時代を先取りした発想」
この研究の着想自体は、実は20年以上前にさかのぼる。
「当時は“ハードウェアによるニューラルネットワーク”という言い方でしたが、考え方は同じです。ただ、その頃は社会の関心も低く、技術も追いついていなかった」(木村教授)
企業の研究では数年単位での成果が求められる。一方、ニューロモルフィックシステムは数十年スパンの研究テーマだ。木村教授が民間企業から大学へとフィールドを移した背景には、「腰を据えて挑戦できる環境」の必要性があった。
そして今、AIの爆発的普及と電力問題という社会的要請が、この研究を一気に現実のものへと押し上げている。
AIの電力問題に「根本的な解決策」を提示する
AIが社会に浸透すればするほど、電力消費は増え続ける。将来的には、現在の100倍近い電力が必要になるとの予測もある。

「それでは社会として成り立ちません。私たちの目標は、AIが必要とするエネルギーを、何も対策が無いときの増加量の1%程度に抑えることです」(木村教授)
ニューロモルフィックは、効率化ではなく原理そのものを変えるアプローチだ。だからこそ、カーボンニュートラルとデジタル化を両立させる「切り札」になり得る。
材料・デバイス・システムを“分断しない”研究
木村睦研究室の最大の特徴は、「材料 → デバイス → システム」の三層を一つの研究室で一貫して扱う点にある。
さらに、アルファモス酸化物という特殊な材料を用いている点も特長だ。この特殊材料により、単一の半導体素子(電気信号の増幅・変換・制御を行う電子回路の最小構成要素)に複数機能を持たせる設計が可能となり、回路全体の簡素化と省電力化を可能にする。
「どこかが不完全でも、別の層で補える。仮に材料が完璧でなくても、デバイス構造やシステム側で成立させることができます」(木村教授)
この“相互補完型”の柔軟な設計思想こそが、国際的にも稀有な競争力となっている。

UCSDとの共同研究が育てる「世界基準」
この研究を支えるもう一つの柱が、国際共同研究だ。
木村教授は、University of California San Diego(UCSD)の野村研二教授※2と20年以上にわたる協働関係を築いてきた。
2025年9月〜12月には、三上創太さん(修士2年)と清水結翔さん(学部4年)がUCSD野村研究室に研究滞在。材料研究からシステム応用まで、最先端の現場を体験した。
三上さんは、渡米前に得た新しい挙動の発見を、UCSD滞在中にブラッシュアップし、2026年1月に国際ジャーナルへ投稿。
清水さんは、TFT(薄膜トランジスタ)データを用いた文字認識AIで約95%の精度を達成した。
「文化や言語の違いを超えて議論する中で、自分の基準が相対化されました」(三上さん)
「視野が広がることで、仮説の立て方自体が変わります」(清水さん)


※2 野村研二先生に関する参考記事:
東京科学大学HP>>「人とは違うユニークな道で、新しい半導体材料をつくりたい ― 野村研二」
「最後の大逆転」とは何か──AI時代における研究者の役割
JST「CRONOS」の研究課題の概要にある「エレクトロニクス業界の最後の大逆転」という言葉。
そこには、木村教授のある覚悟が込められている。
「AIが進化すれば、計算や最適化はAIが担うようになります。研究者に求められるのは、“どんな問いを立てるか”や、“何を面白い、重要だと見抜けるのか”という価値に関わる部分です」(木村教授)
これは悲観論ではない。むしろ、人間の役割が本質的に再定義される時代への期待だ。
「何が問題かを見抜く力」「価値を判断する力」「新しい前提をつくる力」──
それこそが、人間の研究者に残された、そして最も重要な仕事になる。
研究者とAIが共存する未来へ
木村教授の考えを、次世代を担う学生・院生はどう受けとめているのだろうか。
三上さんは「応用力とチャレンジ精神」が重要だと語る。
清水さんは「全体を見て進める力」が今後の鍵になると指摘する。
材料からシステムまでを俯瞰し、世界と対話しながら問いを立てる。
木村睦研究室の挑戦は、単なる技術革新にとどまらない。
それは、AIが進化する時代における、日本の研究と産業の在り方そのものを問い直す試みでもある。

【研究者プロフィール】

木村 睦 (Mutsumi Kimura)
龍谷大学先端理工学部 電子情報通信課程 教授
博士(工学)(東京農工大学)、博士(理学)(奈良先端科学技術大学院大学)。
1991年03月 京都大学 大学院 工学研究科 物理工学専攻 修士課程 修了後、松下電器産業株式会社、セイコーエプソン株式会社を経て、2003年4月より龍谷大学へ。
専門分野は、人工知能・ニューロモルフィックシステム・薄膜デバイス。龍谷大学 革新的材料・プロセス研究センター・兼任研究員。
https://researchmap.jp/read0104056